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東京地方裁判所 平成9年(ワ)6773号 判決 1997年11月25日

原告

エヌ・ティ・ティ移動通信網株式会社

右代表者代表取締役

大星公二

右訴訟代理人弁護士

永石一郎

土肥將人

渡邉敦子

被告

甲野太郎

乙野二郎

主文

一  被告乙野二郎は原告に対し、金二五九万八五一〇円及び別紙債権目録二及び三記載の各月請求分の料金額につき各支払期日の翌日から支払済みまで年14.5パーセントの割合による金員を、内金二五万円に対する平成九年八月二〇日から支払済みまで年五パーセントの割合による金員をそれぞれ支払え。

二  原告の被告乙野二郎に対するその余の請求及び被告甲野太郎に対する請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、原告に生じた費用の二分の一と被告乙野二郎に生じた費用を被告乙野二郎の負担とし原告に生じたその余の費用と被告甲野太郎に生じた費用を原告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

一  請求

1  被告乙野二郎は原告に対し、金二八八万八五一〇円及び別紙債権目録二及び三記載の各月請求分の各料金額につき洛支払期日の翌日から支払済みまで年14.5パーセントの割合による金員を、内金五四万円に対する平成九年八月二〇日(訴変更の準備書面送達の日の翌日)から支払済みまで年五パーセントの割合による金員を支払え。

2  被告甲野太郎は原告に対し、金九四万一七九二円及び別紙債権目録一記載の各月請求分の各料金額につき各支払期日の翌日から支払済みまで年14.5パーセントの割合による金員を、内金二〇万円に対する平成九年八月二一日(訴変更の準備書面送達の日の翌日)から支払済みまで年五パーセントの割合による金員を支払え。

二  事案の概要

本件は電話会社である原告が被告らに対し、被告らは携帯電話契約の当事者である訴外人が携帯電話料金の支払能力がないことを知りつつ、その代理人として携帯電話契約を締結し、その結果、原告に携帯電話料金相当額等の損害を被らせたとして不法行為に基づく損害賠償を求める事案である。

三  争いのない事実

1  原告は、電気通信事業法に定める第一種電気通信事業のうち移動通信事業などを目的とする株式会社である。

2  被告乙野二郎(以下「被告乙野」という。)と訴外丙川花子(以下「訴外丙川」という。)は、居住地は別であるが、親子である。

被告乙野と被告甲野太郎(以下「被告甲野」という。)は知人であるが、訴外丙川と被告甲野とは面識がない。

3(一)  被告甲野は、平成七年一〇月四日、訴外丙川のために、代理人として、別紙債権目録一記載のとおり、電話番号〇三〇―一〇―×××××番外四回線について、原告との間で左記特約付きの携帯電話契約(以下「本件携帯電話契約1」という。)を締結した。

(1) 支払期日 基本料金は当月末日締め、当月末日限りの支払い。

通話料金は当月末日締め、当月末日限りの支払い。

(2) 遅延損害金 年14.5パーセント

(二)  被告乙野は、平成七年一〇月五日、訴外丙川のために、代理人として、別紙債権目録二記載のとおり、電話番号〇三〇―三四―△△△△△番外五回線について、原告との間で前記3(一)(1)(2)と同様の特約付きの携帯電話契約(以下「本件携帯電話契約2」という。)を締結した。

(三)  被告乙野は、平成七年一〇月六日、訴外丙川のために、代理人として、別紙債権目録三記載のとおり、電話番号〇三〇―四九―○○○○○番外四回線について、原告との間で前記3(一)(1)(2)と同様の特約付きの携帯電話契約(以下「本件携帯電話契約3」という。)を締結した。

四  争点

被告らの不法行為の有無

(原告の主張)

1(一)  被告甲野は、本件携帯電話契約1を締結する際、自分が契約責任を負担しないように訴外丙川と原告との間の契約とした。また、被告甲野は、右携帯電話契約1の締結時において、面識もない訴外丙川の事前の承諾がないことを認識していた。

(二)  被告甲野は、右携帯電話契約1によって携帯電話を利用可能な状態におき、別紙債権目録一記載のとおりの料金を発生させた。

(三)  原告は、約款に基づき、契約者である訴外丙川に対して料金の請求をしたところ、同人は被告甲野に対する本件携帯電話契約1の締結に関する代理権授与を否定し、料金の支払いを拒絶した。

2(一)  被告乙野は、本件携帯電話契約2、3のいずれも、自分が契約責任を負担しないように訴外丙川と原告との間の契約とした。

また、被告乙野は、いずれの携帯電話契約締結時においても、訴外丙川の事前の承諾がないことを認識し、また事後的に追認があったとしても訴外丙川には料金支払能力がないことを知っていながら原告との契約を締結した。

(二)  被告乙野は、右各携帯電話契約によって携帯電話を利用可能な状態におき、別紙債権目録二記載のとおりの料金を発生させた。

(三)  原告は、約款に基づき、契約者である訴外丙川に対して料金の請求をしたところ、同人は被告乙野に対する本件携帯電話契約2、3の締結に関する代理権授与を否定し、料金の支払いを拒絶した。

3  原告は、平成九年三月三日、訴外丙川と面談し、訴外丙川が被告らに携帯電話契約締結に関する代理権授与をしていないことを確認したうえで、民法一一七条一項に基づく携帯電話料金請求訴訟を提起した。

ところが、被告らは、訴外丙川が被告らに代理権を授与した旨の主張をし、右主張を裏付ける書面を提出した。しかしながら、訴外丙川の健康状態とその就業業務、他に多額の債務を負担している事情を考慮すると、被告らの無権代理行為を追認することで契約責任を負うことになる訴外丙川に契約上の債務を履行する能力がないことは、ほぼ明らかであり、被告らが本件携帯電話契約1ないし3を締結する際において想定していたとおり、被告らは、原告の債権回収が不能となることを承知のうえで、訴外丙川をして、被告らへの代理権の授与を事後的に意思表示させたものである。

4  訴外丙川は、右追認により、支払能力をはるかに超える料金債務を伴う契約責任を負うことになる。

訴外丙川は、少なくとも原告から知らされるまでは、本件携帯電話契約締結の事実を被告らから知らされることもなかった。さらに、訴外丙川は、現在に至るまで、原告から賃借した一三回線分の携帯電話関連機器を一度も目にしたことなく、本件訴訟提起直前の平成九年三月の時点でも被告らへの代理権授与を否定していた。

その丙川が、原告の被告らに対する請求を棄却させ、しかも料金回収は不能となり損害を原告に被らせることを目的として被告らの無権代理行為を追認することは、追認権の濫用であって、追認することはできないというべきである。

5  被告らは、自ら料金を支払う意思もなく、契約者の訴外丙川に支払能力のないことを認識したうえで原告との間の携帯電話契約を締結して携帯電話を利用したものであって、被告らの行為は原告に対する不法行為となる。

6  損害

(一) 被告甲野に対し、回収不能の債権額として金七四万一七九二円及び別紙債権目録一記載の各月請求分の各料金額につき各支払期日の翌日から支払済みまで年14.5パーセントの割合による金員並びに弁護士費用として金二〇万円である。

(二) 被告乙野に対し、回収不能の債権額として金二三四万八五一〇円及び別紙債権目録二及び三記載の各月請求分の各料金額につき各支払期日の翌日から支払済みまで年14.5パーセントの割合による金員並びに弁護士費用として金五四万円である。

五  判断

1  前記争いのない事実及び証拠<証拠略>並びに弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

(一)  被告乙野と訴外丙川は別居しているものの親子であるところ、平成七年秋ころ、被告乙野が訴外丙川に対し、事業を始めるために必要であるとして、訴外丙川名義による携帯電話契約の申込みの依頼をした。そして、被告乙野は、知人である被告甲野に対し、訴外丙川の代理人として携帯電話契約の締結を依頼した。訴外丙川は被告乙野に対し、運転免許証のコピーを渡し、被告乙野はこれを被告甲野に渡して、平成七年一〇月四日、原告の虎ノ門支店において、被告甲野が訴外丙川の代理人として本件携帯電話契約1を締結した。なお、携帯電話契約申込みの委任状は後日郵送することとした。そして、被告甲野は原告から五台の携帯電話を受け取ると直ちに被告乙野にこれらを手渡した。被告甲野と訴外丙川とは面識がなく、被告甲野は訴外丙川の資力、生活状況等については了知していなかった。

(二)  被告乙野は、訴外丙川から同人の運転免許証のコピーを受領し、平成七年一〇月五日及び同月六日の二回にわたり、訴外丙川の代理人として本件携帯電話契約2及び3を締結し、携帯電話合計一一台を原告から受領した。証人丙川は、被告甲野及び被告乙野による本件携帯電話契約により原告から受領した携帯電話一六台を受取りこれをすぐに知り合いの者の営業のために一〇数人に手渡した旨供述する。しかしながら、その手渡先については供述せず、その供述もあいまいであってにわかに措信し難い。いずれにしても、被告甲野あるいは訴外丙川が右各携帯電話を他の者に利用可能な状況に置いたことは否定できない。また、同証人は、事業のために右各携帯電話契約を締結した旨供述するが、その事業内容自体あいまいであり、その経営状況も定かではなく、前掲各証拠によれば、同証人は、多額の負債をかかえ、債権者からの取立を免れるため、友人宅に身を潜めていること、契約当時において健康がすぐれず、高血圧で通院加療中であること、本件携帯電話契約に基づく電話料金を一切支払っていないことが認められ、右事実に照らすと訴外丙川は本件携帯電話契約締結に際し、携帯電話料金を支払う意思もその能力もなかったものと推認される。

そして、前掲各証拠によれば、被告乙野は本件訴外丙川と親子であり、同人が多額の負債を負っていることを了知していたこと、本件各携帯電話契約における回線数が異常に多いこと、訴外丙川の事業内容について十分考慮せずに訴外丙川の代理人として本件各携帯電話契約を締結していること、右各契約締結について主導的に関わっていることが認められ、前記認定事実及び右事実を合わせ考慮すると被告乙野は訴外丙川には本件携帯電話契約により生ずる電話料金を支払う意思も能力もないことを了知していたものと推認される。<証拠略>

2  以上によれば、被告乙野は訴外丙川と共謀のうえ、本件各携帯電話契約に基づく電話料金を支払う意思も能力もないのにこれを締結し、その結果、原告に別紙債権目録二及び三記載の電話料金合計金二三四万八五一〇円及びこれに対する同目録記載の各月請求分の金額につき各支払期日の翌日から支払済みまで年14.5パーセントの割合による損害を与え(この損害については、原告の訴外丙川に対する別訴(当庁平成九年(ワ)第一七八五二号)において同人が認諾していることは当裁判所に顕著な事実であるので、右損害が認められる。)たものというべきである。

弁護士費用は、金二五万円をもって相当と認める。

3  被告甲野の原告に対する原告主張の不法行為の事実を認めるに足る証拠はない。

4  よって、原告の被告乙野に対する請求は金二五九万八五一〇円及び別紙債権目録二、三記載の各月請求分の金額につき各支払期日の翌日から支払済みまで年14.5パーセントの割合による金員並びに内金二五万円に対する不法行為後である平成九年八月二〇日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払い義務があり、その余は理由がなく、原告の被告甲野に対する請求は理由がない。

(裁判官玉越義雄)

別紙<省略>

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